APRIL .2024

迷うなら、
あえて“前向き”に
流されてみる。

INTERVIEW

阿部明日香

阿部明日香

(あべ・あすか)倉敷翠松高校卒業生。1992年12月17日生まれ、岡山県出身、倉敷在住。岡山・中四国地方を拠点に、モデル、テレビリポーター、ラジオパーソナリティ等、多方面で活躍中。

インタビューロケ地:つばめ喫茶室(倉敷市阿知2丁目23−18)・倉敷翠松高等学校

01  現在の仕事に至るまで

パティシエを目指したのち、まさかの進路変更へ。

現在は、テレビリポーター、ラジオパーソナリティ、MC、モデル、メディア関連でいろいろなお仕事をさせてもらっています。

高校時代、当初の進路は就職で考えていました。でも、やっぱり自分の夢を改めて考え直した時、このまま就職すると後悔するかもしれない……と、土壇場になって憧れていたパティシエの道を志して製菓の専門学校に進むことにしました。

ところがある時、友達のお母さんから「ミス・ユニバースの岡山大会あるらしいよ、背が高いし出てみたら?」と。その時は、いやいやいいって(笑)と、最初は断ったんですけど、あまりにもしつこいので母と相談して、どうせ受かるわけないし、思い出の一つとして出してみるか!って。そうしたら、一次選考に受かって、二次選考に残って岡山大会ファイナリストになり、なんと岡山大会で優勝! そして、日本代表選考会までいって……まさかまさかの展開に。日本大会で入賞できなくて悔しかったのですが、ちょっと自信にはなりました。そこから倉敷のラジオ局から声がかかったり、東京の事務所からモデルのお仕事のお話をいただいたりと。

私は何かを始めると、途中で投げ出すのが嫌いで、自分がやると決めたなら最後までやりたくなる性分です。専門学校に行ける日も少なくなり、どっちに専念するか、なかなか経験できないのはこっちなんじゃないかと考えて、専門学校は1年で辞めることにしました。

会社員を経験するも、再び挑戦の舞台へ戻る。

しばらくフリーで活動していたのですが、一旦就職することにしました。会社員生活も楽しかったのですが3年経った頃、ミスコンに挑戦した時の自分が、なぜか頭をよぎったんですよね。うまく言えないけれど何かフツフツとするものがあって……。今度は広島の芸能事務所に応募して、受かったので所属することにしました。すぐに仕事があったわけではないので、ショッピングモールのインフォメーションやカーディーラーの受付でアルバイトをしながら今後の自分を模索する日々でした。

そんな中、2018年度の「ミス・アース・ジャパン」岡山大会へ参加してみないかという話がありました。一度は断ったものの、年齢的(当時の年齢制限)に、自分がミスコンに挑戦できる最後の年だということがわかり、これも何かの運命なんじゃないかと思って参加を決断。出るからには優勝を目指したいと、真っ向勝負を誓いました。そして岡山大会で優勝、結果的に日本大会で4位に。4位か〜と思ったのですが、目標の一つでもあった入賞を達成し、6年前の悔しい思いを払拭することができました。

02  阿部さんのルートマップ

偶然や岐路はたくさんあったけど、最終的に決めたのは自分!

転機 現在テレビ、ラジオなど様々なメディアで活躍中!
転機 2018年度「ミス・アース・ジャパン」日本大会4位入賞
転機 広島のモデル事務所に所属
転機 建設会社の営業に就職 3年間勤務
転機 2012年度「ミス・ユニバース・ジャパン」岡山大会優勝
転機 製菓系の専門学校へ進学
転機 倉敷翠松高校 卒業

振り返ってみて、今の自分につながる「ターニングポイント」とするなら、2018年度のミス・アース・ジャパン日本大会入賞です。後に「仕事としてこの道でやっていこう!」と決めることができたのは、この時の挑戦があったからです。

その後、テレビのお仕事に誘われるようになりました。ちょうどその頃からコロナ禍が始まったのですが、せっかくやるならとその間、アナウンススクールに通いつつチャンスを伺いながら、徐々にテレビのお仕事も増えていきました。そうして今に至ります。

高校時代の恩師は予見していた!?

高校時代は何かと注意してくる先生のことを、うるさいなぁと思っていたのですが、卒業してみると、怒られた先生のことのほうがよく覚えています。時間が経ってみると、あれは自分のことを思って言ってくれてたんだなと、めちゃめちゃわかるようになりました。

思い返せば、ソフトテニス部の顧問の天野先生(現教頭先生)が、人前に出る免疫をつけてくれたことも、今につながるかもしれません。私の強みを見抜いた先生が私を生徒会に誘い、体育祭では体操の模範演技をやってみたらと。「阿部がやれば、みんながついて来るから」と。当時は目立ちたくなかったのですが、確かに私がやったことで実際にうまくいきました。ローカルテレビ局の部活を紹介する番組で人生で初めてインタビューを受けたのも、天野先生から「阿部ならできる、行ってこい!」と言われたからです。のちに、そのテレビ局で仕事をすることになり当時の映像が使われた時には感慨深いものがありました。

最終的に決めるのは自分ですが、信頼できる人からのアドバイスに耳を傾ける姿勢も大切かもしれません。

03  未来のビジョン

喋りと言ったら阿部明日香に! 自分を最大限に生かしたい。

テレビの仕事を始めて4年目になりますが、まだまだ成長しようと思えばいくらでもできると思っています。そして飾らずに、自分の素のままの阿部明日香の良さをどんどん発揮したいです。適材適所というか、「こういう仕事なら阿部明日香いるじゃない?」って言ってもらえるよう、「喋りと言ったら阿部明日香!」を目指していきます。

仕事で東京に行くこともありますが、私はずっと倉敷から出ていません。やっぱり自分が頑張って仕事している姿を誰に見てほしいかと考えたら、親、友達、周りのお世話になった人たちなんですよね。それだったら地元にいながら、いろんなところに行って仕事ができるようになればいいと思いました。これからも拠点はこのままで、できる仕事の幅を増やして活躍の場を広げていきたいと思います。

(写真はソフトテニス部時代当時、友人と。右が本人。)

04  10代に伝えたいこと

焦って決めなくてもいい。まずは目の前のことにチャレンジしてみる!

今、私は高校時代には全く予想していなかった「自分」に辿り着きました。そんな私が言えるのは、焦って未来を決めなくても大丈夫だよと。挑戦や経験をしていくうちに、やりたいことが見つかったり、向いていることが見えてきたり、やっぱり自分はこれが好きなんだってわかる日が来たりします。

昔からの夢があって目標がはっきりしているならそのまま進めばOK! でも、まだ迷っているなら、「前向き」に周りに流されるのも一理あるんじゃないかなとも思っています。「楽しそうだから行ってみよう」「誘われたからやってみよう」と、軽い気持ちでも一歩踏み出すことによって、その新しい環境で友達だったり先生だったりとの出会いを通じて、何かしらの展開があると思います。

あと若い子たちに伝えたいのは、飾らなくてもいい、そのままでいいんだよって。自分も高校時代、「良く見られたい」という思いはありましたが、のびのびできないとやがて楽しくなくなります。そのままの自分を生かせる仕事や場所はきっとあるはずです。

(写真はソフトテニス部時代の恩師、天野洋祐先生と。倉敷翠松高校のテニスコートにて。)

「⼤⼈」 をちょっと知る⼀問一答
「⼤⼈」と「⼦ども」の違いを教えてください。

シンプルに「見た目」です。
ふと大人だなって思う時はありますが、大人になろうと思ってなれるものでもなく、自分が過ごす環境が、知らないうちに大人にしてくれるのかなと感じています。

阿部さんは「大人」ですか?

見た目は大人、頭脳は子ども(笑)。
高校時代から気持ちはそんなに変わっていないですね。「大人」を落ち着きや安定とするなら、そうではないかもしれません。まだまだいろんなことをやりたいですし、やろうと思えばなんでもやれると思っています。

「⼤⼈」になってよかったことはなんですか?

お酒を飲みながら学生時代の友達と昔話をするのが、めっちゃ楽しいです。
中学生や高校生だと振り返れないじゃないですか。昨日ああだったよね、せいぜい1年前そうだったよね、ぐらいで。大人になったらみんなの生きてきた時間が倍になっていて、いろいろなことを経験してきているので、話していて本当におもしろいです。過去に嫌なことがあったとしても、時間が解決するというか、笑って話せるようになれますしね。

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